高松高等裁判所 昭和26年(う)1082号 判決 1952年10月16日
控訴人 被告人 日下芳幸
弁護人 松山一忠
検察官 高橋道玄関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人松山一忠の控訴趣意は別紙記載の通りである。
控訴趣意第一点について。
(イ) 論旨は原判示第一の事実は中止未遂であるに拘らず原判決がこれを障礙未遂と認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかし、原判決挙示の各証拠を綜合して判断すれば原判決認定の如く被告人は原判示日時場所において真鍋キク子を強姦せんとし同女を地上に押倒して乗りかかり同女の陰部に自己の陰茎を挿入しようとしたが同女の抵抗により、未だ陰茎を挿入しない中に射精してしまつたためその目的を遂げなかつた事実を認めることができ、被告人は右射精のため姦淫行為を中止して立去つた事実はこれを窺い得るけれどもかかる場合犯行を中止したことが被告人の意思によるものとしてもその原因が右の如く被害者の抵抗により未だ陰茎を挿入できない中に射精したためである以上中止未遂を以て論ずるのは相当でなく被告人の右行為は障礙未遂罪を構成するものと謂わなければならない。原審が、取調べた各証拠を検討しても原判決が原判示第一の行為を障礙未遂と認定して弁護人の中止犯の主張を排斥したのは相当であつて、所論の如き事実誤認は認められない。
(ロ) 論旨は原判示第二及び第三の各事実は実際は強姦未遂罪であるに拘らず検察官がこれを暴行罪として起訴し原判決も暴行罪として認定したのは不法であると主張する。しかし原判決の掲げる各証拠により原判示第二及び第三の各暴行事実はその証明充分であり、仮にその事実は強姦未遂と見られ得るような場合であつたとしても或犯罪事実を如何なる訴因で起訴するかは検察官の裁量に属するところであるから、検察官が証拠の関係、犯行の態様等により本件第二、第三の各犯行を暴行罪として起訴し原審裁判所もまた証拠によりこれを暴行罪と認定したことを以て何等違法であるとはいえない。原判決並に本件記録を検討しても所論の如き違法は認められない。
従て論旨はいずれも理由がない。
同第二点について。
論旨は原判決の量刑は重きに過ぎると謂うのである。しかし本件は原判決認定の如く山麓の一軒家に娘と二人暮しの未亡人を強姦せんとしまたは二回に亘り山道で女学生(登校または帰校の途中)を襲つた事案であり、その罪責は必ずしも軽くなく、その他諸般の情状を考量すれば原審が本件につき懲役二年を量定したのは蓋し相当であると謂わなければならない。本件記録を精査し被告人は未だ前科のないこと、本件公訴提起後間もなく被害者等より告訴の取消と見られる書面(告訴権抛棄につき禀申書と題する書面)が検察庁に提出せられたことその他論旨主張の諸点を斟酌しても本件につき刑の執行を猶予するは相当でなく、論旨は採用し難い。
仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人松山一忠の控訴趣意
第一、原審判決は事実を誤認しそれが判決に影響を及ぼす事が明かである。
イ、第一の強姦未遂罪は中止未遂であるのに障礙未遂であると認定しているのは誤りである。
被害者真鍋キク子に対する 1、昭和二十六年四月十四日付司法警察員作成供述調書第六項 2、同年七月二十七日付検察官作成第一回供述調書第五項 3、同年七月二十七日付検察官作成第二回供述調書第二項によれば、被害者は倒された後一応反抗したが遂に観念して被告人の為す儘になつていたので被告人に於て引続き姦淫しようとすれば出来る状況にあつたのを諦めて立去つた事情が明確になつている故其の未遂は被告人の意思による姦淫行為の中止の為であつて被害者の反抗の為中止せざるを得なくなつたものではないから中止未遂でなければならない。
然るに原審判決は障礙未遂であるとしているのは事実の認定を誤つている。而して中止未遂であれば刑法第四十三条但書により其の刑の免除をうけ得る次第で殊に本件に在つては被害者から告訴の取消をしているのであるから正に刑を免除せられて然るべき事案である。原審判決はこの点に於て当然破棄せられなければならない。
ロ、第二及第三の暴行罪は証拠上強姦未遂罪の認定が困難であるから其の構成要件の一つであり其の手段である暴行を独立罪としたものであつて明に不法である。
被害者清水美恵子同島一二三の司法警察員並検察官に対する各供述によるときは被告人の本件行為が強姦未遂罪を構成するもののようである。
けれども其の犯行当時の被告人の言動などから考察すると必ずしも左様に認定し得ない為に検察官に於ては強姦未遂罪として起訴する事をさけて漫然其の構成要件であり其の手段である暴行を取り出して独立の暴行罪として取扱い不法に起訴したのに原審判決は之をその儘認定したのであつて元来罪とならず従つて罰すべからざるものを罪として処断した違法がある。この点に於て原審判決は破棄せられなければならない。
第二、若し仮りに第一の主張が容認せられないとしても原審判決は量刑過重の不法がある。
本件犯行は或は醉余或は突発的に敢行せられたもので且つ被害者達に損害を加えて居らず殊に犯行後の被告人の悔悟の情は著しいものがあるのみならず被害者に於て告訴の取消を為し又は処罰を希望せざる意思を明示しているのであるからこれらの事情を考察して懲役刑の執行を相当期間猶予して然るべきものと信ずる。
特に被告人側の法律知識不足の為に強姦罪の告訴取消は裁判終了迄に為せば可なるが如く考え起訴の翌日強姦罪の告訴取消状を検察庁に提出したが若し夫れ一日早くその告訴取消状が提出せられたとすれば当然起訴せられたかつたであろうこと科刑に際して十分斟酌せらるべきであろう。
この点に於て原審判決は破棄せらるべきものである。